屋台囃子

屋台囃子

屋台囃子とは

「秩父屋台囃子」とは、日本三大曳山祭のひとつである埼玉県の秩父夜祭で、巨大な山車(屋台や笠鉾)が運行する際に、山車の中で叩かれている太鼓です。

重さが最大20トンの屋台を曳く100人~150人の曳子(ひきこ)を励ますように力強く打ち鳴らす太鼓で、座った姿勢で腹筋・背筋を使って打ち込む長胴太鼓と、「玉入れ」など細かいリズムを打つ締太鼓によって曲が構成されています。

祭りの開催が12月ということもあり、厳しい寒さの冬の夜、豪快な太鼓のリズムが祭りを盛り上げます。笠鉾や屋台の動きに合わせて、自在に曲の構成を変え「大波」「小波」など独特のリズムを叩きます。

また、締太鼓のソロとして叩かれる「玉入れ」は打ち手のバチさばきの見せ所です。

多くの和太鼓集団が舞台で演奏している「屋台囃子」は、この「秩父屋台囃子」を舞台用にアレンジしたものです。


秩父夜祭での中町の大人による「秩父屋台囃子」の演奏

※秩父夜祭は、今まで2回見に行きました。お祭り当日には、駅前や屋台の前などで、このような太鼓の演奏をしていたのを思い出します。

※軽快なリズムが魅力で、私たちも「ぶちあわせ太鼓」の次に取り組んだ曲です。屋台ばやし用の独自の台に太鼓を置き、座って太鼓を打つ独特のスタイルは、背筋と腹筋を使う打ち方なので、始めた当初は、かなりきつかったのを覚えています。

現在は平置きの太鼓を使ったりして、いろいろな叩き方をしています。

屋台囃子のルーツ

秩父屋台囃子の起源

秩父屋台囃子研究の権威である中村知夫氏は「江戸歌舞伎の下座音楽」が秩父に持ち込まれたものとしている。

また、江戸囃子研究の権威で、江戸型山車にも造詣の深い田中興平氏は「江戸囃子系の祭り囃子を伝承している」としている。他の研究者の多くも江戸囃子との関連性を指摘している。

江戸時代、秩父は行田の忍藩に属していた。忍藩では、毎年秩父夜祭に際して藩主の名代を派遣し、お旅所付近桟敷席で上覧させる一方、地元行田での華美な祭礼行事を禁止した。つまり、秩父夜祭は忍藩にとっての公式の祭礼だったのである。

秩父夜祭の起源は江戸時代以前だが、江戸初期、秩父が忍藩領になると、藩によって、藩の公式祭礼にふさわしい姿に再編整備されたと考えられ、そのときに、中心地江戸の天下祭りにならった姿になったのだろう。

これらのことから、秩父屋台囃子は屋台や笠鉾とともに、江戸から導入されたと考えるのが自然な結論であろう。

屋台創建と時を同じくして、江戸風の秩父屋台囃子原初形態も誕生した。その後、長い年月をかけて徐々に秩父特有の叩き方に変化していったが、その大きな画期となったのがだんご坂といわれている。

秩父鉄道の建設に伴い、大正の初め頃から屋台、笠鉾はだんご坂を登るようになった。これにより、それまでの流暢なお囃子から大太鼓をメインとする勇壮なお囃子へと変わっていったのである。(参考文献/さきたま出版会「秩父夜祭」より抜粋)

近代の秩父屋台囃子

現在のような「テケテッケ」の拍子に乗せて打つ屋台囃子になったのは、昭和30年頃からです。それ以前の屋台囃子の拍子は「テッケ・テッケ・テッケ・テッケ」と2拍子のかなり早いリズムで打たれていたそうで、玉入れもなかったようです。

数百年の歴史を持つとされるお囃子も、昭和20年代頃は山車を所持する各町会がそれぞれ我流に演奏し、太鼓はただ叩き続けるだけで、笛・鉦・太鼓がぜんぜん合ってなかったといわれています。

転機となったのは、昭和29年に故・高野右吉氏(明治35年〜昭和58年)を中心とするメンバーが「全関東祭り囃子コンクール」に出場して優勝し、「高松宮杯」を受賞しました。このとき、高野右吉氏は高い個人評価が認められ「特別技能賞」を受けました。

そして、翌昭和30年には、無形文化財「秩父屋台囃子」保持者として、高野右吉氏は埼玉県より認定を受けました。これをキッカケに秩父市教育委員会は郷土芸能の重要性を認識し、高野右吉氏に秩父屋台囃子の普及啓発を託しました。

そして高野右吉氏は現在の屋台囃子の原形を作り上げ、各町会の打ち手を招いて公民館で合宿し、奏法を教えたとのことです。

玉入れも高野右吉氏が考案したようです。
秩父屋台囃子の太鼓が左手主導なのも、高野右吉氏が左利きだったからといわれています。

出展:「秩父屋台囃子振興会」ホームページ

秩父夜祭とは

毎年12月2日 、3日に埼玉県秩父市の「秩父神社」で行われる祭礼で、京都の祇園祭、飛騨の高山祭とならんで、日本三大美祭・日本三大曳山祭 (ひきやままつり) といわれています。

12月3日には、4台の屋台と2台の笠鉾の計6台の山車が運行しますが、その山車の中で叩かれている太鼓が、秩父屋台囃子です。

山車には15〜20人が乗り込み、限られた狭いスペースで演奏します。そのため、座って太鼓を叩くという、めずらしいスタイルが確立されています。

重さが最大20トンもある山車が前進するときは大太鼓、方向転換するときなどは、締太鼓の「玉入れ」が打たれます。


秩父夜祭で運行される屋台

※山車が、豪快な「秩父屋台囃子」とともに団子坂を上る場面は圧巻です。

「鼓童」の屋台囃子

屋台囃子は、日本各地の和太鼓集団が舞台用にアレンジされたものを演奏されています。中でも、私は、和太鼓集団「鼓童」のこの「屋台囃子」が、一番好きです。

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